多磨全生園 秋の風景 東村山市議会議員 大塚恵美子
活動報告バックナンバー バックナンバー一覧 ホーム

印刷用ページ 印刷用 (別ページで開きます) 戻る戻る   進む進む
2008 年 10 月 18 日    
多磨全生園 秋の風景

17日は、全生園の清掃ボランティアに参加した。自治会館前から二手に分かれ、ごみ拾いや樹木に絡んだ蔓を取り除く作業をする。毎年参加してきた人たちや全生園の職員、市長はじめ市の職員の皆さんと広い園内を回る。落葉が散り、きのこや木の実、カラスウリ、ミズヒキ、ユリを見つける。宿舎の庭先にも小菊や秋の花がみえる。
ほとんど、ごみは落ちていない。日頃の管理が行き届いていることを知る。結構、手間取ったのが、樹木に絡みつく蔓。ヘクソガズラやジネンジョはまだ手に負える。南門から納骨堂あたりの遊歩道際に葛が繁茂していて、鎌がなかったので、手で取り払う。蜘蛛の巣だらけになりながら力を込め葛を取り去ると、実をつけた椿の木が姿を現す。うっかりすると、何の木だかわからないようなおそるべし蔓植物の侵略。来年は絶対に鎌を持参する。
秋の気配を楽しみ、園内を半周もすると、終了とのこと。
いいお天気で、清掃に名を借りた3万本の木々の間の散策となる。

その後、「ハンセン病資料館」に寄り、秋の企画展「ちぎられた心を抱いて 隔離の中で生きた子どもたち」をみる。「らい予防法」によって日本各地の15カ所のハンセン病療養所に隔離、強制収容された人たちの中には、親から離され入所させられた子どもたちがいた。
全生園にも少年、少女舎があり、患者の中から選ばれた寮父、寮母との暮らしがあった。故郷の父、母への思慕を引き裂かれるように過ごした日々の記録がみえる。プロミンなどの薬剤が開発される以前は、おとなになる前に逝去する子どもたちが多かったとのことだ。理不尽な暮らしの中で、唯一の喜びは面会に来てくれた父や母に会うこと。涙があふれ出て、言葉にならなかった思いがわかる。故郷からのたよりや思い出を胸の奥深くにしまい、日々を生かされる。
子どもたちが通ったのは、園内にある市立秋津小、青葉小の分教室で、1976年まで小学生がいた。分教室以前は、文部省の範疇にない寺子屋だったようだ。
「何のために勉強するのか」と希望を見出しにくい限られた世界の中で、自問自答しながら学ぶ子どもたち。今、残された子どもたちの声・文章は、大人のふるいにかけられた極わずかなものに過ぎない。
自分を肯定し自分らしく生きることを閉ざされた、心の軌跡をほんの少し手渡してもらった。(大塚恵美子)



バックナンバー 最新20
15 劣化が進む労働環境の中の仕事始め
14 新年のちいさな旅
11 あけましておめでとうございます
1231 なんとはやい一年 映画から教わるこの一年
1224 あめがふったら、かささしていけばいいから
1219 12月議会本日閉会
1215 風のがっこう・白石農園訪問記
1214 総合藝術 お茶会
1211 腑に落ちない…厚生委員会の請願審査
127 一般質問その2「特別支援教育」のつづき
127 一般質問その1「特別支援教育推進計画第2次実施計画に向けて」
122 来年、庁舎に「緑のカーテン」が出現しそう!
121 12月議会3日より開会
1130 4年目の八ッ場ダム裁判報告集会
1129 秋津東小学校創立30周年といくつかのこと
1127 東村山の農業って、すてたもんじゃない!
1124 足元は大地 なんてファンキー!FESTA in VINYL!
1122 みんなのソックモンキー
1120 八坂小学校図書館リフレッシュ作戦はじまる
1117 麦を蒔く
1116 蛤谷可乃さんの日本画

バックナンバー一覧へ 一覧へ戻る ホームへ ホームへ戻る 戻る戻る   進む進む
当サイトの著作権は東村山市議会議員 大塚恵美子 にあります。