2008 年
9 月
1 日
またしても政権を放り出すビョーキ
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もう誰が総理になっても、国民のことなど考えている政治家はいないのではないか、と思う。耳を塞ぎ、ポーカーフェイスで椅子に座り続けていればいい訳ではないが、自分以外の「誰か」ならば、今の局面を「回避」できるというのだろうか。 そもそも今の局面というものを出現させたのは誰なのだ。政権というものを作用させる能力が自民党には既にないのだ。それも、選挙の度に小手先と目くらましでかわし、(まんまと遊ばれる有権者も有権者だ)死守してきた政権。60年以上本質的に政権交代ということをさせなかった体質の機能は低下し、グルになって悪循環している。 総理でありながら、何処を向いても八方塞だし、仲間からも疎まれているし、だから野党のせいにし、公明党のせいにし、誰からもやさしく妥協してもらえる政治というものがなさそうだから辞めるのか。「シナリオどおり、はい、これまでよ」と場外に押し出されたのか。これ以上傷ついて深く泥かぶるのはいやなので一抜けて、御身を労わり辞めたのね。またしても放り出された身にもなれ!! 私はアンタを選んだ訳ではない。 最初から期待していないのならば、電撃辞任に驚いたり、怒ったりすることはないのか? そんなことはない。あまりの軽さ、責任のなさ、内輪の論理だけにしかエネルギーが使われないことに対する怒りだ。 本当にばかばかしい。アメリカとの約束が大事で、反対する勢力にうんざりして、匙を投げる、国民を袖にする。「補給支援特措法」がそんなに大事か、巨大な利権と面子のための戦争になぜ身を摺り寄せて加担しなければならない?憲法に違反するほどの課題があるから意見の対立があるのは当然だ。ほとんど価値のない対面と地位を守りたいだけで、低迷し、閉塞感にあふれる日本をつくってきてしまった誤りのリーダーたちが、更に生き残りをかけて疑心暗鬼でつぶしあう魑魅魍魎のようになっている。「誰か」にバトンを放り投げればすむ政治姿勢とは、なんと軽いものか。 アメリカでは、「Change」を恐れず求めて新たなウエイブをつくった。旧体制から解き放たれない政治家はだめだろうな。
本日の代表質問のことを書こうと思ったけれど、市長も教育長の答弁も、台詞を読んでくれただけで、やり取りをしている気は全くしないに近いセレモニーだった。東村山・生活者ネットワークのHPに事務局長が素早く掲載してくれたので、ご覧になって。 あー、福田辞任、またしても身勝手で気が塞ぐニュースだった。(大塚恵美子)
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